神戸地方裁判所姫路支部 昭和42年(ワ)127号 判決 1968年11月29日
原告
﨏内勝
被告
烏城自動車工業株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
昭和四一年五月三〇日午前〇時二〇分頃、国道二号線上姫路市御国野町国分寺一四七番地先の交差点において、原告が運転、西進し、右折しようとした原動機付自転車と訴外治部好雄が後続、運転する普通乗用自動車との間に接触事故が発生し、右事故によつて原告が負傷した。
右訴外治部は、俗に「陸送屋」といい、他人の注文により自動車を運転して所定の場所に送り届ける仕事をなすことを業としている者であつて、本件の事故も、同人が、被告の依頼により、被告が東京方面から買い入れないしは買い入れの予約をした車両を岡山市の被告方まで運転して送り届ける途中で惹起したものである。なお、右車両にかかる自動車損害賠償責任保険契約にあつては、被告が契約者となつており、使用の本拠を岡山県としていた。以上の事実は、当事者間に争を見なかつた。
原告は、昭和四二年四月一日被告に送達された訴状に基いて、
「被告は、原告に対し、金八五五、一五〇円とこれに対する昭和四二年四月二日から完済に至るまで年五分の率による金員を支払え。」
との判決と仮執行の宣言を求める旨申し立て、
次のとおり述べた。
「(一) 被告は、左記の事由により、事故当時自己のために本件の自動車を運行の用に供したものというべきである。
イ 被告は、右車両にかかる自動車損害賠償責任保険契約の契約者となつていることからも推測し得るように、本件事故当時すでに右車両の所有権を取得していたものであり、また、その運行も自己の支配下においていたものといえる。本件の事故は、陸送屋の治部が右車両を運転中に惹起したものであるが、そもそも陸送屋というのは、決して独立の運送業者のようなものではない。陸送屋も大きくなれば、多数の運転手を常時雇傭する企業体に発展する余地があり、また、すでにそうした業者も現出しているようであるが、このような者は、もはや陸送屋とは呼ばれない。普通に陸送屋というのは、格別看板も出しておらず、営業所らしいものも有しない者で、臨時に他人に傭われ、目的自動車を自分で運転して運搬する仕事に従事しており、せいぜい他の陸送屋(運転手)に運転させることがある位で、これを貨物列車やもつと大きな貨物自動車に乗せて運ぶようなことはないのである。治部は、こうした典型的な陸送屋に外ならぬ者であり、被告の支配下において本件自動車を運転していたにすぎないものというべきである。
ロ 右のように見るのが正しいとすれば、本件自動車の運行の利益も、治部ではなく被告に帰属していたものといわなければならない。
してみれば、被告は、自動車損害賠償保障法第三条により、自動車の運行供用者として原告に加えた損害を賠償する責に任すべきものである。
(二) 被告の主張する免責事由の存在は、これを争う。ことに本件の事故は、治部が原告を交差点という不適当な個所で追い抜こうとし、かつ、交差点通過につき払うべき注意を怠つたことに基因するものである。
(三) 原告は、この事故により、頭部打撲、脳内出血、左第五趾擦過症の傷害を蒙り、事故直後から昭和四一年九月三〇日まで入院して治療を受けたほか、一箇月の通院加療を受け、なお若干の故障を残している。
そこで原告は、本訴により被告に対し、本件事故による損害の賠償として、
1 医療に要した費用二七四、五五〇円
2 一日二三、〇〇〇円の割合で計算した休業補償費二八〇、六〇〇円
3 精神的損害に対する慰藉料三〇〇、〇〇〇円
の合計八五五、一五〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日以降の民法所定率による遅延損害金の支払を請求する次第である。」
被告は、これに対し、次のとおり述べた。
「(一) 被告は、自動車損害賠償保障法第三条にいう運行供用者には当らない。
イ まず被告は、本件事故車両を所有していたものではない。
被告は、中古自動車の販売を主たる営業目的とする会社であつて、訴外東京トヨペツト株式会社との間に継続して中古自動車の注文取引をしていたものである。両者間の注文取引は、まず東京トヨペツトから被告に電話で中古車の引合があり、被告がその買主を応諾して、売買の予約が成立すると、次に、陸送業者への注文者を被告が引き受けるかどうかを決定する順序に進むのであるが、被告が陸送業者を依頼すると否とにかかららず、取引車両の売買は、陸送が完了し、被告方で引渡を了した時点において成立し、かつ、この時に所有権が移転すると約定されているのである。それで、従来の例によれば、右買受予約にかかる車両が陸送途中に事故によつて破損したときは、陸送業者が所有者たる東京トヨペツトから破損車両を買い受け、その処分代金をもつて損害賠償に充てていた。本件事故車両の取引も、右に述べた従来の例によつていたのであるから、その陸送途上における所有権は、東京トヨペツトに属していたものというべきである。
ロ また被告は、本件自動車の運行を支配していたものでない。訴外治部好雄は、外二名の者と共同して自動車の陸上運送の請負を業とする独立の営業者であり、決して被告に専属しまたは従属する下請業者ではない。被告は、治部に本件自動車の陸送を注文したが、車両運行に従事する運転手の選任、監督等には一切関与せず、これらは、すべて治部が取り計らつたものである。それ故、右自動車の運行支配は、同人に専属していたものというべきである。
ハ さらに被告は、本件自動車の運行利益の帰属者でもなかつた。
訴外治部は、被告の注文により本件自動車の陸送を請け負い、仕事の対価として一定の運送賃の支払を得て、営業収益とすることを予定していたものである。運行利益の帰属は、単なる外形的な車両運行の目的をもつて決すべきでなく、現代社会における企業の分化に即応して、実質的にこれを把握しなければならない。それ故、本件車両の運行利益は、治部に専属していたものというべきである。
ニ 本件事故車両にかかる自動車損害賠償責任保険の保険契約者に被告がなつていることは、被告がこの車両の運行供用者でないという結論を左右するものでない。
右保険は、陸送のための臨時プレートナンバーの交付を得るために保険証明書が必要であるところから加入したもので、その手続は、本来陸送業者がこれをなすべきところ、東京トヨペツトにおいて、便宜上あらかじめ被告を保険契約者と表示して保険加入手続を了しておいたものである。したがつて、必要保険料の納付は、陸送業者たる治部が負担するもので、被告の負担すべきものではない。従来の取引においても、保険会社から被告に保険料の納付請求があつたときは、被告が一応立て替え支払い、その後被告が治部に運送賃を支払う際、相殺勘定をして決済処理していたものである。右によつて明らかなように、本件事故車両にかかる自動車損害賠償責任保険については、手続、名義のいかんにかかわらず、治部が実質上の保険契約者であつたものである。
以上要するに、本件自動車の運行供用者は、治部にほかならなかつたものというべきである。
(二) さらに被告は、民法第七一六条によつても、請負人たる治部が自動車陸送において原告に加えた損害の賠償責任を負わぬことが明らかである。
(三) かりに被告が自動車損害賠償保障法第三条にいう自動車の運行供用者であつたとしても、本件の事故については同条但書所定の免責事由がある。
イ まず被告は、本件自動車の運行に関し注意を怠つたことはない。訴外治部は、車両陸送を業とし、常時その運転業務に従事しているものであるが、過去に交通事故を惹起したことがあるとは聞知していないので、従来どおり同人に本件自動車の陸送を依頼したまでである。
ロ また訴外治部も、本件自動車の運行に関し注意を怠つていない。本件の事故は、原告が脇見運転の後急に右折しかけた際に発生したものであるが、治部は、原告の車の右折を見て直ちにブレーキを踏み、ハンドルを右に切つているのであつて、その処置は、まことに適切であつた。それで治部は、本件の事故について刑事処分を受けてもいないのである。
ハ 本件の事故は、被害者たる原告の過失によつて発生したものである。原告は、原動機付自転車を運転して脇見をしながら道路左側寄りに西進し、交差点をほとんど渡り切つたところで急に右折したので、後続していた本件自動車がこれを避けることができず、本件の接触事故となつた次第であるが、原動機付自転車の運転者は、交差点で右折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄り、かつ、交差点の中心の直近の内側を徐行しなければならない(道路交通法第三四条第二項)のであるから、原告は、これに違反したものといわなければならない。
ニ また本件自動車には、構造上の欠陥も機能の障害も全く存しなかつた。同車両は、中古車であるが、東京トヨペツト株式会社において販売車両として整備され、東京の中古車センターから出庫した直後のものであつた。
以上の免責事由によつても、被告は、本件事故につき損害賠償責任を負わぬものというべきである。
(四) なお、原告の主張する傷害の内容は、被告の知らぬところであり、本件事故による損害として原告の主張する事実は、これを争う。」
〔証拠関係略〕
理由
原告の請求は、理由がない。
昭和四一年五月三〇日、国道二号線上姫路市内の交差点において原告の運転する原動機付自転車と訴外治部好雄の運転する普通乗用自動車との接触事故が発生し、右事故によつて原告が負傷したことは、当事者間に争がない。
ところで、原告の本訴請求は、被告が自己のために右自動車を運行の用に供していたとして、これに対し自動車損害賠償保障法第三条による損害賠償の責任を問うものであるが、被告は、自己の運行供用者たる地位の存在を争つているので、以下この点につき判断する。
前示訴外治部好雄が、俗に「陸送屋」といい、他人の注文により自動車を運転して所定の場所に送り届ける仕事をなすことを業とする者で、本件の事故も、同人が、被告の依頼により、被告が東京方面から買い入れないしは買い入れの予約をした車両を岡山市の被告方まで運転して送り届ける途中で惹起したものであることは、当事者間に争がない。そして、〔証拠略〕によれば、さらに、(1)右訴外治部は、本件事故当時岡山市内に本拠を置いていたいわゆる陸送屋であるが、格別営業所らしいものも有せず、多数の従業員を雇傭しているわけでもなく、被告をはじめとする数名の顧客先から随時注文を受け、目的自動車を自分で運転して送り届ける仕事に従事している者であり、報酬は、仕事のつど相当額の支払を受けていたこと、(2)一方被告の側では、本件の自動車を運行させる前にもしばしば治部その他の同種の陸送屋に注文して車両の運搬を請け負わせたことがあり、もちろんその際陸送屋の前示のような業態をよく認識していたのであるが、格別車両の運搬の方法に制限を加えたことはなく、陸送屋が目的車両を自ら運転しようが、他人に運転を依頼しようが、貨物列車や他の大型車に積載しようが、そういうことにはむしろ無関心で、これを陸送屋の自由に委ねていたのであり、本件自動車の運行の場合も、その例に洩れなかつたことが認められる。
以上の事実関係によれば、やはり陸送屋の訴外治部も、零細ながら一個の企業者と認むべきであり、注文者の被告との間において、本件自動車運行につき格別の指揮監督関係、主従関係も肯認することができないし、運送料も、一回一回につき支払われる建前であるから、その運行を支配し、かつ、運行の利益が帰属していたのは、やはり陸送屋の治部であり、被告ではなかつたと考えるのが相当である。それ故、被告が陸送屋による目的自動車の運転という危険性を伴う運行方法を選択していないまでも予測している点において、また、陸送屋がおおむね無資力で事故の場合の損害賠償能力に欠けることが予想される点において、多分に問題が残るのであるが、本件の事故については被告は、自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる自動車の運行供用者にあたらないものと断ずるのほかはない。
本件事故車両にかかる自動車損害賠償責任保険契約において、治部でなく被告が保険契約者となつていたことは、当事者間に争のないところであるが、その実体は、おおむね被告の主張するとおりの名義貸的なものにすぎぬことが、前記両証人および被告代表者本人の各供述により明らかであるから、右の事情も、被告が運行供用者であることの証左となすのに不十分である。
してみれば、請負人の治部がその仕事につき第三者の原告に加えた本件事故による損害についての注文者たる被告の賠償責任は、民法第七一六条の一般原則に従い、これを否定するのほかなく、右と反対の前提に立脚する原告の請求は、その余の争点に対する判断をまつまでもなく、失当であることは帰着する。よつて、これを棄却することとし、なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 戸根住夫)